大阪地方裁判所 平成10年(ワ)867号 判決 1999年6月25日
原告
福本義弘
被告
川上幸男
右訴訟代理人弁護士
小湊收
小湊雅子
主文
一 被告は、原告に対し、金八二万七一七五円を支払え。
二 被告は、原告に対し、金八二万七一七五円を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、五二七万七七七〇円を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、法定労働時間を超えて労働したとして時間外労働に対する割増賃金及び付加金、即時解雇したとして三〇日分の平均賃金と付加金、年次有給休暇(以下「年休」という。)を与えなかったとして有給休暇日数の給与に相当する金員の支払を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 被告は、中古車販売を業とする株式会社モーターライズ社を経営するほか、個人営業としてスタイリングの商号で自動車の改造等を、また、ジャパンオートの商号で自動車の車体整備(板金、塗装)等を営んでいる。
原告は、平成六年二月一四日から平成九年一一月二五日まで、板金工として被告方で働いた。
原告に対する給料は日額で計算されており、当初は一日当たり一万六〇〇〇円であったが、平成六年一二月二六日から一日当たり二万円に、そしてさらに、平成三(ママ)月二六日から一日当たり二万三五〇〇円に増額され、毎月二五日を締切日として月末に支給されている(<証拠略>)。
2 労働基準法は、使用者が、労働者に対して、一週間につき四〇時間を超えて労働させることを禁じており(法三二条一項)、同規程(ママ)は平成九年四月一日から、業種や規模等にかかわらず完全実施されることとなったが、それまでの経過措置として、一〇人未満の労働者を使用する製造業の場合は平成七年四月一日から平成九年三月三一日までの間、一週間の労働時間を四四時間とする猶予が与えられた(法一三一条、労働基準法第三二条第一項の労働時間等にかかる経過措置に関する政令(昭和六二年政令三九七号、なお、平成二年政令三五七号及び平成五年政令六三号で順次改正))。
被告の個人営業の事業場には右の経過措置が適用される。
二 本件の争点
1 原告が、被告方で働いたのは雇用契約に基づくものであったかいな(ママ)か
2 時間外労働の有無及び割増賃金の額
3 被告が原告を即時解雇したか否か
4 原告が有給休暇を取得しなかったことに対して、被告に金員支払義務があるか否か
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1(雇用契約か否か)について
(一) 原告
原告は、平成六年二月一四日、次の条件で被告にスタイリングの板金工として雇用された。
(1) 労働時間
月曜日から金曜日まで 八時間(拘束時間九時間、休憩一時間)
土曜日 七・五時間(拘束時間八・五時間、休憩一時間)
(2) 休日
日祝日、年末二日、年始四日、盆休み三日
(3) 賃金 一日当たり一万六〇〇〇円(その後、前記のとおり増額)
(二) 被告
被告が原告を雇用したとの事実を否認する。
被告は、原告を請負人として、被告の営業するジャパンオートにおいて、日額報酬一万六〇〇〇円(その後、前記のとおり増額)で請負契約を締結したものである。被告は、ジャパンオートでは従業員を雇用しておらず、すべて、外注の請負契約としている。
原告が一日働けば、被告は日額報酬を支払うだけであり、被告が原告に毎月何日働けと強要したこともなければ、休んでは駄目だといったこともない。
内部の会計処理の上でも、被告の税務申告上、原告に対する報酬は外注工賃としているほか、スタイリングで雇用している従業員に対しては源泉徴収や健康保険、厚生年金、雇用保険の保険料の控除等を行っているが、請負契約である原告に対してはこのような処理はしていない(ただし、雇用保険については請負契約であっても適用を受け得るとのことから、原告についても、平成七年五月に加入し、以後その保険料を控除してきた)。
2 争点2(時間外労働の有無及び割増賃金)について
(一) 原告
(1) 原告は、平成八年三月二六日から平成九年一一月二五日までの間、別紙(証拠略)のとおり、被告方に勤務して労務に服した。
その結果、一週間の法定労働時間(平成八年三月二六日から平成九年三月三一日までは一週間四四時間制、平成九年四月一日から同年一一月二五日までは、一週間四〇時間)を超える時間外労働の合計時間は四九九・四五時間となり、原告は被告から右合計時間の時間外労働を強いられた。
なお、右時間外労働の算出は、タイムカードの記載をもとにして、一週間ごとに、午前八時三〇分の始業時刻から起算し、一時間の休憩時間を控除して退出時刻として打刻されている時刻までの時間を合算し、これから法定労働時間四四時間または四〇時間を控除したものである。これに関して、タイムカードには退出時刻の打刻のない日があるが、これは、被告工場(大阪市西成区<以下略>所在)と事務所とが離れており、一九時以降に事務所に戻った場合、事務所は閉まっていて中に入れず、打刻できなかったことによるものであり、打刻のない日のうち別紙無打刻日一覧表<略>記載の日は少なくとも一九時までは就労していたものである。
(2) 右期間の原告の賃金は一日当たり二万三五〇〇円であり、一日八時間労働として一時間当たりの賃金単価は二九三七円となるから、右時間外労働に対する賃金は、次の算式により一四六万六八八四円となる。
四九九・四五×二九三七=一四六万六八八四(円)
しかるに、被告は、右の間の時間外労働に対する賃金として、四万二三七一円を支払ったのみで、一四二万四五一三円が未払である。
(3) 右未払の賃金に対する割増金は三五万六一二八円となる。
一四二万四五一三×〇・二五=三五万六一二八(円)
(4) よって、原告は、被告に対し、右未払賃金及び割増金合計一七八万〇六四一円にこれと同額の付加金を併せた三五六万一二八二円の支払を求める。
(二) 被告
(1) 原告と被告間の契約は、請負契約であるから、被告には、時間外労働に対する割増賃金支払義務はない。
(2) 原被告間の契約が仮に雇用であったとしても、被告は、原告に法定労働時間を超えて就労することを強制したことはない。
原告が、週三日働くも、五日働くも原告の自由に任せており、その報酬も曜日に関係なく日額で取決め、被告は、この合意に従った支払をしてきており、未払賃金はない。
(3) 仮に、被告に、原告の時間外労働に対する賃金支払義務があるとしても、原告の労働時間は、原則として一週四七・五時間(月曜日から金曜日までが八時間、土曜日が七・五時間)であり、これに対する通常の賃金は支払済みであるから、右のうち法定労働時間超過部分に対する二五パーセントの割増部分のみが未払であるに過ぎない。
毎日の残業時間について、被告が原告に割増賃金を支払わなければならないのは、被告が残業を命じた場合か、原告が被告の許可、承認を得て残業した場合に限られ、原告が勝手に残業したからといって、これに対して被告が割増賃金を支払わなければならないものではない。被告が認めた時間外労働については、時間外賃金を支給済みである。
3 争点3(被告による即時解雇の有無)について
(一) 原告
被告は、平成九年一一月二六日、被告の事務所で、原告に対し、一方的の(ママ)解雇を通告して、原告を即時解雇した。
原告が被告から支給を受けた平成九年九月分ないし一一月分の賃金から一日当たりの平均賃金を算出すると一万七六二五円となる。
よって、原告は、被告に対し、三〇日分の平均賃金五二万八七五〇円にこれと同額の付加金を併せた一〇五万七五〇〇円の支払いを求める。
(二) 被告
被告が原告に解雇を告知したとの事実は否認する。
原告の退職は、全くの自己退職である。
4 争点4(有給休暇日数相当分の金員支払義務の有無)について
(一) 原告
労働基準法三九条一、二項により、被告は、原告に対して、平成六年二月から退職までの三年九か月の間に、別紙年次有給休暇表<略>記載のとおり、計四六日の年次有給休暇(以下「年休」という)を与えなければならない義務があったにもかかわらず、これを与えず、また、このような制度があることも原告には知らせなかった。これは労働基準法一五条一項の労働条件明示義務違反であり、他の従業員には与えていたことと比して同法三条の均等待遇の義務違反である。
原告は、被告に対し、原告がこの制度を知らされていたら、当然に得られた利益のうち、平成八年四月から平成九年一一月までの日数分(平成八年分は案分計算)に相当する五一万七〇〇〇円の支払を求める。
(二) 被告
原告と被告間の契約は請負契約であるから、原告に有給休暇を取得する権利が生じる余地はない。
原告に対しては、被告は高額な報酬を支給しており、有給休暇を与えなければならないのであれば、右のような高額な報酬を支給したりしない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(雇用契約か否か)について
1 証拠(<証拠略>、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
原告は、被告の求人広告に応募してきたもので、面談のうえ被告に採用され、平成六年二月一四日から、大阪市西成区<以下略>の工場(同年五月ころに被告の自宅一階である同区<以下略>に移転)で、自動車修理の板金工として働くようになった。
右工場は、スタイリングとジャパンオートの工場を兼ねるものであった。
原告の給料は、月二五日稼動したとして月額四〇万円を取得できるようにとの算定根拠から日額一万六〇〇〇円と定められ、毎月二五日を締切日として月末に支給された。この給料は、その後平成七年一月分から日額二万円に、さらに平成八年四月分から日額二万三五〇〇円に増額された(なお、被告がスタイリングで雇用している二名の従業員に対しては基本給、諸手当等の月額賃金とされ、その額も控除前の支給合計三〇万円余りとなっている)。
そのほかに手当として、一日三〇〇円の食事代と交通費が支給された。
勤務は、日曜、祝祭日、盆(三日)、年末(二日)、年始(四日)を休日とし、勤務時間は、月曜日から金曜日までは午前八時三〇分から午後五時三〇分まで、土曜日は午前八時三〇分から午後五時までとされ、午後零時から午後一時までが休憩時間とされた。
原告の出退勤はタイムカードに打刻することとされ、遅刻早退に対しては、その分が月々の給料から減額された。
また、月によっては所定時間外賃金が支給されることもあった。
被告では、他の従業員と異なり、原告の給料から所得税等が(ママ)源泉徴収することはなく、原告が健康保険、厚生年金に加入していないため、これらの掛け金を控除することもなかった(雇用保険には、平成七年五月ころ加入したため、そのころから保険料が給料から控除されるようになった)。
被告の会計帳簿上は、原告への給料の支給は外注工賃として処理されていた。
2 右認定事実に対し、被告は、本人尋問で、原告を採用するに当たって、請負契約であり、出勤日数の拘束はないこと、雇用保険等の適用はなく、有給休暇もないことなどを説明したと供述し、同人の陳述書(<証拠略>)にも、これと同旨の記載があるが、前掲証拠に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 右認定事実によって判断するに、原告の給料が日額基準で計算され、しかも比較的高額とされていること、原告が健康保険、厚生年金に加入していないため給料からこれらの保険料等が控除されていないこと、所得税等の源泉徴収もなされていないことなどの点で、原告については、他の従業員と異なる取扱いがなされているが、これらの諸点は、いずれも雇用契約と矛盾するものではない。
また、被告が、原告に対する給料を会計上は外注工賃として処理していたことは、被告が、原告との契約を、主観的には雇用契約ではなく、請負契約であると認識していたことを推測させるものではあるが、これによって、契約の法的性質が決せられるものでもない。
むしろ、右認定のとおり、原告の勤務に対しては仕事の出来高にかかわりなく、出勤日数に応じた給料が支給されていたこと、その給料も、額は日額と出勤日数をもとに算定されたが、締切日、支給日が定められていたこと、勤務は被告の工場を就労場所とし、出勤日、勤務時間も定められていたこと、出退勤時刻はタイムカードに打刻され、遅刻早退分が給料から減額されたり、月によっては所定時間外賃金が支給されたりして出勤の有無や勤務時間が管理されていたことなどの諸事情に照らすと、原被告間の契約は、仕事の結果に対して報酬を支給する請負契約というよりも、労務に服したことに対する対価として賃金を支給する雇用契約であったと解するのが相当である。
二 争点2(時間外労働の有無及び割増賃金)について
1 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成八年三月二六日から平成九年一一月二五日までの間、別紙割増賃金一覧表<略>のとおり、就労したこと、被告が、この間に所定時間外労働として原告に支払った金員の合計は五万二六五一円であること(原告が自認している四万二三七一円のほかに、平成九年四月にも「所定時間外賃金」として一万〇二八〇円が支払われている。)が認められる。
なお、就労時間は、原告の主張に従い、原則として始業時刻である午前八時三〇分(ただし、午前八時三〇分より後の時刻が出勤時刻として打刻されている日のうち、原告が、従業員丸山の遅刻のため、打刻が遅れたと主張する以外の日は、原告の遅刻と認めて就労時間から控除した。)から、退出時刻(打刻のない日のうち、原告が、少なくとも一九時までは勤務したと主張する日は、右時刻まで勤務したものと認め、それ以外については定刻までの勤務と認めた。)までとし、休憩時間一時間を控除した。
右認定の就労時間によると、右一覧表「制限超過の所定時間内実労働」欄記載の時間と、「所定労働時間超過の実労働」欄記載の時間とを合計した時間が法定の労働時間を超過した時間外労働となる。(なお、法定労働時間が変更になる平成九年三月三〇日の週は、所定労働時間の比率から、各曜日ごとに許容される労働時間を算定し、これを合算した四一・七六時間をもって当該週の法定労働時間とした。)
2 被告は、原告の時間外労働に対しては指示や承認をしておらず、割増賃金を支払う理由はないと主張するが、右認定の原告の就労状況によると、原告の業務は所定労働時間内では終了することができず、終業時刻を過ぎて残業することが恒常化していたことが認められ、被告としてもこのような時間外労働の成果を受領し続けて来ているのである、(ママ)原告の時間外労働に対しては、被告の黙示の指示がなされていたものと解するのが相当であり、被告は割増賃金を支払うべきである。
もっとも、右時間外労働のうち「制限超過の所定時間内実労働」に対しては、すでに、通常の賃金は支払済みであるから、これに対する未払は二五パーセントの割増部分だけであり、「所定労働時間超過の実労働」については、通常賃金も未払であるから、一二五パーセントで計算した割増賃金を支払うべきである。
3 そこで、未払額を算出することになるが、原告の一時間当たりの賃金単価は、労働基準法施行規則一九条二項によって算定し、週は暦に従い日曜日から土曜日とすべきである。
以上によると、右の間の原告の間(ママ)外労働に対して支給されるべき割増賃金は別紙割増賃金一覧表記載のとおり、合計八七万九八二六円となり、これから支払済みである五万二六五一円を控除した八二万七一七五円が未払である。
被告には、付加金の支払を免除すべき事由は格別は認められず、右の未払賃金と同額の付加金の支払を命じるのが相当である。
そうすると、未払賃金と付加金の支払を求める原告の請求は、一六五万四三五〇円の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
三 争点2(ママ)(被告による即時解雇の有無)について
(一)(ママ) 原被告間の契約(前記のとおり雇用契約と解される)が、平成九年一一月二五日までで終了したことは当事者間に争いがない。
(二)(ママ) 原告は、同月二六日、被告から即時解雇の通告を受けたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
(むしろ、証拠(<証拠略>、原告本人、被告本人)によれば、原告は、被告にかねてから従業員の増員を希望していたこと、しかるにその後も増員はなく、却って同年一〇月をもって、被告の従業員であった丸山が被告を退職することとなったこと、このため原告も被告に対し原告自身の退職をほのめかしたこと、同年一一月二五日被告の従業員上田から原告に退職意思の確認がなされ、原告の退職を巡って原告と被告とで口論となったこと、原告は自己都合退職と記載された離職票を雇用保険受給のために公共職業安定所に提出したことなどが認められ、以上からすると、原告が退職をほのめかしたりしていたことから、これを真に受けた被告と、退職を巡って口論となるなどし、被告のもとでは働けなくなり退職せざるを得なくなったものと推認され、そうすると、原告の退職は雇用契約の合意解約に相当するものというべきである。)
(三)(ママ) 以上によれば、三〇日分の平均賃金と付加金の支払いを求める原告の請求は全部理由がない。
四 争点4(有給休暇日数相当分の金員支払義務の有無)について
(一)(ママ) 原告が被告に雇用されて就労した間に年休を取得しなかったことについては争いがない。
(二)(ママ) 原告の金員支払請求の根拠は必ずしも明らかではないが、雇用条件明示義務違反や均等待遇違反を主張していることからして、雇用契約上の債務不履行を理由とする損害賠償を求める趣旨であると解される。
ところで、原告が取得できなかったという年休は、労働基準法によって認められている権利であり、原告はそのような制度があることを知らされなかったが故に、被告には説明義務違反があるというのであるが、使用者には、一般的に労働基準法が規定する労働者の権利を、雇用する従業員に説明しなければならない義務があるとはいえないのであるから、労働基準法が定める年休取得の権利について被告が説明しなかったからといって説明義務違反となるものとはいい難い。また、原被告は、雇用契約に当たって具体的に年休の取決めをしていないが、これによって労働基準法が規定する原告の年休取得の権利が失われるものではない(被告が年休付与の義務を免れるものではない)し、原告については賃金体系等からして他の従業員とは異なっており、雇用条件として具体的な年休の取決めをしなかったことが、直ちに均等待遇に違反するともいえない。
年休取得の権利を行使するか否かは労働者の自由であって、労働基準法の知識不足からこれを行使できなかったとしても、これによって原告が被った不利益まで被告が填補しなければならないとする理由はない。
よって、年休を取得できなかったことによる不利益相当の金員支払を求める原告の請求は理由がない。
(裁判官 松尾嘉倫)